バトンタッチを考える

バトンタッチの準備と母の言葉。

ランニング前のストレッチ

「お父さんを頼む」 

 36歳のときの事業承継は私の人生において大きな出来事の1つです。 

 私の事業承継の準備がいつから始まったかと振り返ると、職業選択のときということになります。高校3年のときに公認会計士試験を目指し、この仕事につこうと決めました。 

 その頃から父の事務所に入所するかもしれないと考えていましたが、父と長く一緒にやることは考えていませんでした。 

 そこには母の思いがありました。 

 母は私が大学4年生のとき(1972年)に大腸癌の手術をしました。悪いことに1979年に再発し、肺に影があるということで、すぐに手術をしました。手術をして束の間、食道に転移していることがわかり、3回目の手術を受けましたが、そのまま亡くなりました。 

 1979年12月、手術に運ばれる直前、私の手を握った母は、「お父さんとはなかなか意見が合わないだろうけど、うまくやってね」と言いました。 

「お父さんを頼む」 

 最後に言われたこの言葉が、私の心にいまでもずっと遺っています。 

「相続」というテーマを引き継いだ 

 母の気持ちを推測すると、自分の夫と息子が同じ事務所で働けば、いろいろと難しいことが起きるのではないかという思いから、私に「お父さんを頼む」と伝えたのだと思います。 

 父と長い間いっしょに仕事をやれたのは、母の一言が大きかったと思います。 

 士業の仕事は個人でできます。途中で「自分は自分の道を行く」と父の事務所から独立するという選択肢もありました。ですが、そうしなかったのは母の影響が大きいと思います。 

 私たちの年代はそういう考えがあります。おそらく今の若い世代にはない考え方でしょう。今は自分の信念に基づいてやったほうがいいという人が多い。親も「自分の人生なんだから」と理解を示します。 

 でも私はよかったと思います。母の一言で、父と最後までやれたことに後悔はありません。 

 私は母から「相続」というテーマを引き継いだと思っています。亡くなる寸前の「父を頼む」という言葉が、私が相続の専門家になるきっかけとなりました。 

 これまでも何度か紹介しましたが、「財産遺して銅メダル、思い出遺して銀メダル、生き方遺して金メダル」という言葉があります。形あるものにこだわることなく、自分の心のなかに親の思いを継いでいけばいいのではないでしょうか。そんなことを母に教えてもらった気がします。