オリンピックの感動、その思いを伝えること。
1964年10月10日、東京オリンピック開会 1964年10月10日、東京オリンピックの開会式が行われました。アジアでは初めてのオリンピックの開催でした。 私は中学1年生でした。その当時、土曜日は学校の授業が午前中だけありました。午後からの開会式に間に合うよう、走って家に帰ったの...
1964年10月10日、東京オリンピック開会 1964年10月10日、東京オリンピックの開会式が行われました。アジアでは初めてのオリンピックの開催でした。 私は中学1年生でした。その当時、土曜日は学校の授業が午前中だけありました。午後からの開会式に間に合うよう、走って家に帰ったの...
1万人のランナーの「思い」を繋ぐ 聖火リレーで、聖火を引き継ぐ時、私は「思いを受ける」、聖火を渡すときは「思いを繋ぐ」と声に出して言いたいと思います。 聖火をつないでいくのは、53万6000人の応募者から選ばれたおよそ1万人のランナーの「思い」を繋ぐことです。 聖火...
財産遺して銅メダル 次世代へのバトンとして何を渡したらいいか、何を遺せるかとよく考えます。 私は「財産遺して銅メダル」、「思い出遺して銀メダル」、「生き方遺して金メダル」と思っています。 相(すがた)を続けていくのが相続だと言われます。そのためには基盤がないと続ける...
父親の「思い」をどうするか ある地主さんが、子供たちが遊べる森を所有していました。その森は駅のそばにあり、公園10個ほどの広さがあり、いつも子供たちの笑い声が響いていました。 地主さんは、「私が死んだ後も、子供のための森を維持してほしい」と言っていました。 2人の娘...
1964年1月に父が税理士事務所を開業 1964年1月、父は天野克己税理士事務所を開業しました。ですから前回のオリンピックイヤー1964年は当社の創業年でもあります。 私が小学生の頃は、父は大洋錻力(ぶりき)株式会社の会計や監査の仕事をしていました。 家に仕事を持ち...
「お父さんを頼む」 36歳のときの事業承継は私の人生において大きな出来事の1つです。 私の事業承継の準備がいつから始まったかと振り返ると、職業選択のときということになります。高校3年のときに公認会計士試験を目指し、この仕事につこうと決めました。 その頃から父の事務所...
長男が会計の仕事に興味をもったのは妻のおかげ 長男は会計事務所の仕事に興味がありませんでした。大学では文学を学び、「経済や経営には関心がない」と言っていました。彼は大学院を修了し、SEになりました。 そんな長男を変えたのは、妻が当社に入社したことです。 その当時、長男は一緒に暮らしており、私が妻と仕事...